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東京地方裁判所 昭和29年(レ)219号 判決

控訴人 平本証三

被控訴人 外丸彌太郎

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文第一乃至第三項同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

被控訴人の請求の趣旨、及び原因は原判決事実摘示のとおりであるからこゝにこれを引用する。

控訴人は答弁として請求原因事実はすべて認める、と述べ抗弁として、本件建物は訴外松竹株式会社の所有であつて、右訴外会社は昭和二十二年二月これを訴外長谷川清に賃貸していたものであるところ、右訴外長谷川は数ケ月后右訴外会社に無断で、訴外小坂井某に転貸し、その后右訴外小坂井は訴外末永義谷に、訴外末永は被控訴人に、被控訴人は控訴人に順次転貸した。しかるところ前記訴外会社は昭和二十三年十二月八日前記長谷川に対し無断転貸を理由に賃貸借の解除を為し、同二十八年以前において前記訴外小坂井、末永及び被控訴人にそれぞれ明渡請求をし、又控訴人に対しては同二十九年一月明渡請求を為した。従つて控訴人は前記訴外会社に対して、本件建物の明渡義務を負担するとともに控訴人及び右の前者全員が悪意となつた右昭和二十九年一月以降の収益について返還義務を負担するものであるから控訴人は被控訴人に対し本件賃料を支払う義務はない、と述べた。

被控訴人は右抗弁に対し、時機に遅れたものとして却下を求めると述べ、仮りに然らずとするも(一)被控訴人と所有者たる訴外会社との間には、本件家屋の明渡に関する訴訟が現に繋属中であるから被控訴人が悪意の占有者と看做される理由はない。(二)仮りに然らずとするも控訴人は右訴外会社との間に本件賃料を含めて賃料償還義務を免除されているから控訴人は被控訴人に対し本件賃料を支払う義務があると述べ、

立証として、被控訴人は甲第一、二号証を提出し、当審における控訴人本人(第一回)被控訴人本人の各供述を援用し、乙号各証の成立を認め、控訴人は乙第一号証の一、二を提出し、当審における証人高木一成の証言、控訴人本人の供述(第二回)を援用し、甲第一号証の成立は不知、同第二号証の成立は認めると述べた。

理由

一、被控訴人が控訴人に対し昭和二十八年四月一日、東京都中央区築地三丁目八番地所在木造トタン葺平家建店舗一戸建坪三坪の内向つて左側の一坪五合を賃料一ケ月金一万円、毎月一日払の約で賃貸したところ、控訴人が昭和二十九年一月以降の賃料を支払わないことは当事者間に争いがない。

二、被控訴人は控訴人の前記抗弁に対し時機に遅れたものとして却下を求めるのであるが、控訴人は原審第一回口頭弁論期日において抗弁を提出したが原審の容れるところとならず、当審において右抗弁と同様の事実関係について異る法律上の観点から本件抗弁を提出したのである。即ち本件抗弁の提出が遅れたのは右事実関係に関する法律構成の再判断のためというべきであるが、かような判断はそれが何人にも容易にできる事項に属しない限り、一般的にいつて重大な過失とはならないものである。本件においても右抗弁自体に徴し重大な過失があるものとは認められない。よつて本件抗弁の提出はこれを許容すべきものである。

三、当審における証人高木一成の証言、控訴人本人(第一、二回)被控訴人本人の各供述を綜合すると、本件建物は訴外松竹株式会社の所有であつて、右訴外会社は昭和二十二年二月頃これを訴外長谷川清に賃貸したのであるが、右訴外長谷川は同年八月頃訴外小坂井某に対し右建物を前記訴外会社に無断で転貸し、次いで右訴外長谷川は同二十三年三月頃右建物の内前記一坪五合につき右訴外小坂井から返還を受けて同様無断で直接被控訴人に右部分の賃借権を譲渡した。しかるところ前記訴外会社は昭和二十三年十二月頃前記訴外長谷川に対し前記無断転貸を理由として前記賃貸借の解除を為し、又被控訴人に対しては同二十五年五月頃明渡請求をした事実が認められる。しかしてその后昭和二十八年四月被控訴人が右の部分を控訴人に賃貸したことは前記のとおりであるが前掲被控訴人の供述によると右契約締結の際被控訴人は前記訴外会社に対する明渡の必要を慮つて賃貸期間を一応三ケ月と定めた事実が認められるのであつて、この事実から被控訴人は当時右訴外会社に対して明渡義務のあることを認識していたものと推認し得る。又前掲控訴人の供述(第一、二回)によると、控訴人は前記訴外会社から昭和二十八年六月頃明渡の請求を受け、その義務のあることを認めた上、右訴外会社に対して明渡の猶予方を求めて使用を継続し、結局同二十九年秋頃明渡した事実が認められる。従つて控訴人は右昭和二十八年六月以降悪意となり、且つ被控訴人を含めて前記本件家屋の占有関係者全員が右日時当時已に悪意であつたと謂うことが出来る。(訴外末永義谷は本件建物部分と別個の部分を賃借していたもので本件には関係ない)

被控訴人は被控訴人と所有者たる前記訴外会社との間に本件家屋の明渡に関する訴訟が現に繋属中であるから被控訴人が悪意の占有者と看做される理由はないと主張するけれど訴訟繋属の一事を以つて前記認定を覆す事は出来ない。

四、依つて占有者全員が悪意となつた後に於て其の悪意の占有者の一員たる転貸人が同じく悪意の占有者たる転借人(直接占有者)に対して賃料の請求を為し得るや否やに付判断する。

右の点は結局所有者と占有者との関係によつて決せられるべきものである。蓋し、民法第百八十九条、第百九十条等の規定は特別規定であり、之と占有者間の債務関係と矛盾するに至る場合は前者の規定の趣旨によつて統一さるべきものだからである。今此の関係を具体的に述べると、所有者と所有者より建物を借受けた賃借人と更に此の賃借人より其の建物を借受けた転借人とある場合に於て所有者が適法に賃貸借を解除した時は所有者は主たる賃借人に対して其の建物の返還(正確には間接占有の移転を求むべきであるが実際上は之を明示する必要はない)と返還義務の履行遅滞に基く損害賠償を求める事が出来、直接占有者たる転借人に対しては建物の明渡を求める事が出来る。併し、直接占有者たる転借人に対する使用利益或は収益の返還は右転借人が善意であると悪意であるとによつて異り、前者の場合は右返還の権利は否定せられ悪意の場合は肯定せられるのである。従つて、直接占有者たる転借人が善意であり、且つ、善意である限り右転借人と転貸人(主たる賃借人)間の賃貸借は何の影響も受けず転借人は転貸人に対して其の賃料を支払うべきものである。蓋し、若し然らずとせんか、転借人は不当に利得を得る結果となる事は言を俟たぬ所だからである。従つて転貸人は転借人に対して賃料請求権を失わないのであるが、所有者に対しては其の転借人より受け、或は受け得べき賃料を悪意の占有者として返還すべき義務を有する。併し、転借人が悪意となれば右転借人は所有者に対し其の直接占有によつて得た使用利益或は収益を返還しなければならない此の場合転借人は転貸人に対して尚賃料支払の責に任ずる事は明に転借人に対して苛酷且つ不情理であるのみならず転貸人及び所有者との関係より見ても不必要且つ不情理である。何故なれば転貸人は転借人より賃料の支払を受けても之を所有者に返還しなければならず、所有者は転借人から使用利益乃至収益の返還を受ければ足り間接占有者たる賃借人(転貸人)より更に二重に之れが返還を求め得べき理由はないからである。従つて此の場合は転貸人と転借人間の賃貸借は其の存続を認むべき理由が全くないのであるから消減すると解しなければならない。之は転借人が所有者から使用利益返還債務の免除を受けても変りはない。故に被控訴人の前示抗弁は理由がないのみならず本件賃料請求も亦之を肯定する事は出来ない。(尚直接占有者たる転借人が悪意であつても転貸人(主たる賃借人)が善意であれば此の善意の転貸人は転借人に対して賃料支払の請求権を失うべきものではないから転借人は転貸人に対して賃料支払の責に任ずべく、此の故に所有者は転借人(直接占有者)が悪意であるに拘らず之に対して使用利益或は収益を求める事は出来ないと解すべきである。蓋し、此の点に付て民法に規定はないが、善意の賃借人(転貸人)の保護乃至直接占有者たる転借人に対する苛酷な結果の回避の為に必要だからである。此の故に、数次の賃貸借である場合に於て其の全員が悪意となれば其の時転貸借関係は全部消滅するか其の中の一員でも善意の者があれば其の転貸借は所有者が目的物の返還を受ける迄は存続すると云う事が出来る。)

五、よつて被控訴人の本訴請求は理由がなく、原判決は失当であるから原判決を取消し、被控訴人の請求を棄却する。

六、訴訟費用負担の裁判は民事訴訟法第九十六、第八十九条による。

(裁判官 安武東一郎 鳥羽久五郎 内藤正久)

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